好きな人に嫌われるために、ほかの男性と遊んでいるふりをする。そんな遠回りな別れ方を選ぼうとする女性が、中島みゆきさんの「悪女」にはいます。もう気持ちが離れてしまったから、相手を傷つけたいのでしょうか。そう考えて聴き始めると、夜の街をさまよう姿は少し違って見えてきます。彼女は誰かと楽しい夜を過ごしているわけではなく、ひとりの時間をどうにか埋めながら、あなたに見せるための嘘を用意しているのです。
この歌の切なさは、愛されなくなった悲しみだけではありません。まだ好きな人の前で、もう好きではないように振る舞わなければならない。その芝居がうまくいくほど、本当の気持ちを自分で否定することになるのですね。「悪女」という強い題名の奥には、そんな不器用な夜が隠れているように思います。
マリコに電話をかける夜、本当に話したい人にはかけられない
最初に登場するのは、あなたではなくマリコです。名前まで明かされているのに、彼女がどんな人なのか、二人がどれほど親しいのかは分かりません。ただ、ほかの男性と遊んでいるように見せるため、その電話に付き合ってもらう必要があったことは伝わってきます。恋の終わりに向かう夜が、誰かに協力してもらわなければ続けられない小さな芝居から始まるのです。
しかも、その相手にも自分の暮らしがあります。いつでも付き合ってもらえるわけではないと気づくところに、妙な現実味がありますね。大げさに傷ついたふりをしている人なら、もう少し格好のよい言い訳を考えるかもしれません。けれど、この人の嘘はすぐに行き詰まってしまう。恋愛の駆け引きというより、どうしてよいか分からなくなった人の、頼りない作戦に見えてきます。
その一方で、本当に声を聞きたい相手は「あなた」なのでしょう。マリコへ電話をかけるという行動には、話したい人に話せない寂しさまで重なります。今夜、どこにいるのか。誰と過ごしているのか。そんなことを確かめるより先に、自分がほかの誰かといると思わせようとしているのだから、心は少しも自由になれません。
1981年10月21日に発売された「悪女」は、中島みゆきさん自身が作詞・作曲した曲です。発売日は中島みゆきさんの公式ディスコグラフィーにも記されています。軽やかにも聞こえる旋律の中に、電話一本をめぐるこんな息苦しさが置かれていることも、この曲を忘れがたくしているのでしょう。

映画もホテルのロビーも、朝までは守ってくれない
ひとりで夜を過ごそうとしても、街には時間の区切りがあります。映画はいつまでも上映しているわけではなく、ホテルのロビーにだって、何時間でも座っていられるものではない。誰にも事情を知られずに朝を迎えたいだけなのに、居場所を探すことさえ難しいのです。
ここで印象的なのは、夜の街が華やかに描かれていないことです。誰かと遊んでいるという嘘から想像するような、にぎやかな店も楽しげな会話も出てきません。あるのは時間をつぶせる場所を数え、その場所にいられなくなる時刻を気にする孤独だけ。人が行き交うロビーにいても、自分には待ち合わせる相手がいない。その静けさが、かえって胸に残ります。

帰ろうと思えば、あなたの部屋という場所はあります。そこをまったく知らない遠い相手ではなく、帰れるはずだと思うほどの距離にいたことがうかがえます。それなのに電話はつながらない。受話器が外されたままであることを、彼女は知っているのです。
どうして受話器が外されているのか、歌詞は理由を教えてくれません。あなたが意図的に連絡を避けているのかもしれないし、事情は別にあるのかもしれない。ただ、帰りたいときに帰れるはずの場所が、今夜は自分を受け入れてくれない。その事実だけで、街の広さが急に心細く感じられます。

もしあなたの部屋へ帰ってしまえば、用意している嘘はそこで終わるのでしょう。だから夜が長いのは、待たされているからだけではありません。自分で選んだ芝居をやめられず、帰ることもできなくなっている。閉じた扉の前にいるのは、彼女だけでなく、自分の本音なのかもしれません。同じ中島みゆきさんの「ホームにて」に描かれた、帰ろうとして帰れない夜とも、どこか響き合う寂しさがあります。ただ、「悪女」で遠くなってしまったのは故郷ではなく、ほんの少し前まで身近だった人の心なのですね。
月夜には、悪い女の顔をしていられない
「悪女」には、夜の中でも特別に危うい時間があります。それが月の明るい夜です。暗がりなら隠しておけそうな気持ちも、月明かりの下では不意に顔を出す。そう考えると、月夜を避けようとする言葉は、天気の話ではなく、自分に向けた注意のように聞こえます。
本当に気持ちが冷めていたら、冷たい言葉を口にすることはそれほど難しくないはずです。別の人を好きになったと言うのも、もう戻らないと告げるのも、少なくとも心の中では決着がついているでしょう。ところが、この女性がいちばん恐れているのは、意地悪な言葉を言いすぎることではありません。つい素直になって、引き止める言葉を口にしてしまうことなのですね。

その一言を言ってしまえば、相手の気持ちが戻るとは限りません。むしろ今より傷つくことだってある。それでも胸のどこかでは、まだ引き止めたいと思っているのでしょう。だからこそ、悪い女になるには準備が必要なのです。好きではないふりをしている間だけ、最後の望みを自分の手で押さえていられるのかもしれません。
月は何も知らずに明るく照らしているだけです。それなのに、夜の光ひとつでせっかく作った決意が揺らいでしまうところに、この恋の深さを感じます。相手を騙すことより、自分の心を黙らせるほうがずっと難しい。その難しさを、月夜というありふれた景色がそっと浮かび上がらせています。
うなじにつけるコロンは、誰に気づいてほしい香りなのか
夜が明ける前に、女性がふだん選ばないようなコロンを買う。その香りを自分のうなじにつけるという細かな仕草が、ひどく印象に残ります。服を着替えるだけでも、誰かと会ってきたと言い張ることはできるでしょう。それなのに、彼女が選ぶのは、目に見えない香りなのです。
香りは、言葉にしなくても相手に何かを想像させます。いつもの自分と違う匂いがすれば、どこへ行っていたのか、誰と一緒だったのか、気になるかもしれません。つまり彼女は、ほかの男性の存在を直接話すよりも、相手に疑わせるための痕跡を用意しようとしているのでしょう。ただし、実際に別の男性と会ったと歌われているわけではありません。この恋の中で彼女が懸命に作ろうとしているのは、まず「そう見える自分」なのです。

深夜の喫茶店の鏡を使うところも、見過ごしたくありません。家の鏡でも、恋人の部屋の鏡でもない。たまたま身を寄せた店で自分の姿を確かめながら、これから会う人のために違う自分を作っている。華やかに着飾る場面ではないのに、こんなにも切実なお化粧直しがあるのですね。
そして、香りをつけるのがうなじだということにも、心が留まります。自分では見えにくく、近づいた人にこそ気づかれやすい場所です。もしあなたがその香りに気づいたら、嫉妬するでしょうか。それとも、もう何も尋ねないでしょうか。どちらになるか分からないまま、それでも気づいてほしいと思うところに、彼女の最後の期待が残っているようにも感じられます。
一番電車の涙は、あなたに見せるためのものではない
この曲では、夜明けの電車が涙をこぼす場所として思い描かれます。けれど、そこで泣く姿は、あなたの目の前にありません。涙を見せて困らせるのではなく、あなたのところへ戻る前に、泣けるだけ泣いておこうとする。そう読むと、夜明けまでの時間は単なる時間つぶしではなく、悲しみを外へ出すために必要な時間にも見えてきます。
人は、泣きたい気持ちを抱えたままでは、平気な顔をすることができません。何でもないふりをするには、その前に誰にも見られず崩れる時間がいるのでしょう。もし本当に一番電車に乗るのなら、眠れなかった夜の疲れも、朝の冷たさも、顔に残ってしまうはずです。それでも、泣き顔だけは隠せると思いたいのかもしれません。

ただし、この涙や帰り道がすべて実際に起こったことなのかは、歌詞だけでは決められません。「悪女になるなら」という言葉には、まだその役を演じきれていない人の、これからこうしようという決意も重なっています。裸足で電車に乗ることさえ、現実に起きた出来事というより、心の中で思い描いた痛ましい準備として受け取れるのです。
夜を越えれば強くなれるのではなく、泣いてからでなければ強いふりもできない。そんな順番が悲しいですね。本当に忘れてしまえるなら、わざわざここまで手の込んだ別れ方を考えなくてもいいはずなのに、彼女は朝になった自分に、まだ小さな芝居を託そうとしているのです。
あなたの隠す「あの娘」へ、渡してしまうまで
ここまでの夜をたどってから、あなたのそばに別の女性がいるらしいことが見えてきます。歌詞には、その女性がどんな人で、あなたとどんな約束を交わしているのかまでは書かれていません。ただ、彼女はその存在を知っていて、あなたが自分に愛想を尽かしてくれれば、身を引けると考えているようです。
このとき、悪い女になるという決意の意味が変わってきます。相手を奪い返すための駆け引きではなく、相手のほうから去っていけるように、自分が嫌われ役を引き受けようとしているのかもしれません。あなたが自分を嫌いになれば、引き止める理由も、戻ってくる口実もなくなる。そうしてようやく、終わりにできると考えたのでしょう。
けれど、それを美しい自己犠牲とだけ呼ぶのも違う気がします。自分から別れを告げることができないから、相手に嫌ってもらうことで決着をつけようとしているとも読めるからです。あなたの幸せのためという気持ちと、自分から手放す勇気が出ない気持ち。その二つは簡単に分けられません。相手を思いやる優しさと、傷つくことへの怖さが、同じ夜の中で絡み合っているのでしょう。

そう考えると、マリコへの電話も、帰れない夜も、うなじのコロンも、違う意味を持ち始めます。どれもあなたに別の誰かを好きになったと思わせるためのものですが、本当に準備していたのは、自分があなたのいない明日へ進むための理由だったのかもしれません。それでも、一度決めたからといって心まで従ってくれるわけではない。そこがこの歌のいちばん苦しいところです。
悪女になれない心に、最後まで残る言葉
題名だけを見れば「悪女」は、恋をもてあそぶ人の歌のようにも聞こえます。実際には、悪い女になろうと工夫するほど、好きな人を忘れられない姿が見えてくる。ほかの男性と遊ぶふりも、いつもと違う香りも、気持ちを切り替えた証拠ではなく、まだ切り替えられないことの裏返しなのでしょう。
この歌が忘れがたいのは、最後に立派な決断が用意されていないからかもしれません。あなたのもとを去れたのか、嫌われる芝居をやり遂げたのか、夜が明けたあと二人がどうなったのかは語られません。ただ、隠そうとすればするほどこぼれそうになる本当の言葉だけが、曲の中に残っています。
「行かないで」。たったそれだけの願いを言わずに済むように、彼女は長い夜を必要としたのでしょう。明るくなっていく街で、別の誰かの香りをまとい、平気な顔を作ろうとしても、心の奥ではまだあなたを呼んでいる。中島みゆきさんの「悪女」を聴き終えたあとに残るのは、悪い女になった人の姿ではなく、最後まで悪い女になりきれなかった人のぬくもりなのだと思います。
もう一度、「悪女」を聴いてみる
ここまで物語をたどったあとで、もう一度この曲を聴いてみると、最初に聴いたときとは違う言葉や感情が見えてくるかもしれません。

