今井美樹「PIECE OF MY WISH」歌詞考察|迷いの中で見つけてゆく、本当の強さ

今井美樹「PIECE OF MY WISH」歌詞考察|迷いの中で見つけてゆく、本当の強さ

誰かに励ましてもらったあとほど、最後に残るのは、自分への問いかけだったりします。大丈夫と言ってもらえて少し救われても、その人が代わりに明日を生きてくれるわけではない。結局、自分の足でまた歩き出さなければならない瞬間が来ます。

今井美樹さんの「PIECE OF MY WISH」は、そんな場所に立っている人へ向けられた歌のように聞こえます。明るい言葉の多い曲ですし、長く応援歌として愛されてきました。けれど、ただ「頑張れば願いは叶う」と励ましているわけではありません。願ってもうまくいかないことがあると知り、誰かの言葉に支えられながら、それでも最後には自分自身へ戻ってくる。その静かな厳しさが、この歌を単純な励ましの言葉では終わらせていないのでしょう。

私が何度も聴き返したくなるのは、「強くなって」と言われている感じがあまりしないからです。むしろ、もう十分につらかったことを知ったうえで、あなたの中にまだ残っているものを一緒に探してくれている。曲名にある「PIECE」という小さな言葉も、最後まで聴くと少し違った響きを持ちはじめます。

目次

泣いた夜を、なかったことにしない

「PIECE OF MY WISH」は1991年11月7日に発売された今井美樹さんのシングルで、TBS系ドラマ「あしたがあるから」の主題歌として発表されました。作詞は岩里祐穂さん、作曲は上田知華さん。

この曲は、すでに元気になった人のところから始まりません。最初にあるのは、朝まで泣いていた夜です。

そこが私はとても好きです。つらいことがあったのなら、まず泣いた。その時間を飛ばして、いきなり「前を向こう」とは言わないんですね。泣いたこと自体を弱さとして捨てるのでもなく、その夜さえ、いつか歩き出す力にしていけるかもしれないと歌っている。

夜のあとには太陽が昇り、暗闇はやがて明けていきます。けれど、それは「だから今すぐ立ち直らなければならない」という急かし方ではありません。夜が明けるのには時間がかかるように、人の気持ちにも朝が来るまでの時間がある。そんな当たり前のことを、この歌は急いで飛び越えないのです。

「PIECE OF MY WISH」の泣いた夜と、人の気持ちに朝が来るまでの時間を表したスライド

しかも、その先で自分自身への問いが現れます。思うように生きられない自分を責めるというより、「もっと自分に素直でいられないのだろうか」と、自分の内側へ声が向いていく。外で起きた出来事をどう変えるかより、自分はこれからどう生きたいのかというところへ、少しずつ視線が移っていきます。

朝が来ることと、悩みが解決することは同じではありません。それでも明るくなった景色の中で、昨日とは違う問いを持つことはできる。その小さな変化から、この曲は歩き始めているように感じます。

「信じていて」は、未来の成功を約束する言葉ではない

曲の中で何度も残るのが「信じていて」という言葉です。

普通、励ます歌なら「きっとうまくいく」「夢は叶う」と未来の結果を信じさせることもできるでしょう。でも「PIECE OF MY WISH」が信じてほしいと願うものは、成功そのものではありません。歌の中の「あなた」です。

ここには、似ているようで大きな違いがあります。

願いが叶うと約束されているのなら、自分を信じることはそれほど難しくないかもしれません。けれどこの歌は、その少し前で、願っても思うようにいかないときがあることを隠していません。努力しても届かないこと、正しいと思って選んでも失敗すること、昨日まで信じていたものが崩れそうになること。その可能性を消さないまま、それでも自分まで疑わないでほしいと語りかけているのです。

だから「信じていて」は、楽観的な言葉には聞こえません。

未来がどうなるかは分からない。でも、今ここで悩み、泣き、それでも何とか先へ進もうとしている自分を見捨てないでほしい。そんな願いに近いのではないかしら。

「信じていて」は未来の成功ではなく、傷つき迷う今の自分を見捨てないことだと表したスライド

結果を信じるのではなく、自分を信じる。そう聞き直すと、この曲の強さは「絶対に大丈夫」という保証とはずいぶん違っています。何が起きても傷つかない人になるのではなく、傷ついたあとにも自分のところへ戻ってこられる人でいてほしい。そのための言葉なのかもしれませんね。

支えてくれる人がいても、最後の答えは一人で見つける

この曲には、愛する人や友達の存在もあります。苦しいときに声をかけ、勇気づけてくれる人がいる。誰にも頼らず一人で耐えることを、強さとして描いているわけではありません。

むしろ誰かから受け取った言葉を、大切に抱えている姿が見えます。励まされることを拒まず、人のやさしさに支えてもらう。それでも、曲はそこで終わらないんですね。

最後の答えだけは「一人で見つける」と続いていきます。

作詞した岩里祐穂さんは、JASRACのインタビューで「PIECE OF MY WISH」について、周囲のみんなが励ましてくれても、最後の答えは自分で決めるという内容だと語っています。岩里さん自身、ただ「頑張れ」と言われても簡単には肯定的になれないからこそ、聴く人が納得できる言葉を探すと話していました。

人のやさしさに支えられながら、最後の答えを自分で見つけることを表したスライド

その背景を知ると、この曲がなぜ今も押しつけがましく聞こえないのか、少し分かる気がします。

誰かの助言は、自分では見えなくなった景色を見せてくれることがあります。そばにいてくれるだけで、もう一度考える力が戻ってくることもあるでしょう。でも、その人の答えをそのまま自分の人生に当てはめても、どこかで苦しくなる。どんなに愛してくれる人でも、私の代わりに私になることはできないからです。

「一人で見つける」という言葉には孤独な響きもありますが、この歌では決して一人きりではありません。人の言葉を抱きしめたあとで、一人になるのです。

支えてもらった記憶を持ったまま、自分で選ぶ。その順番だからこそ、ここにある「一人」は寂しさだけではなく、自分の人生を自分へ返してもらう時間のようにも感じられます。

「希望のかけら」は、壊れた願いの残骸ではない

そして、曲名の「PIECE OF MY WISH」を考えるとき、どうしても「希望のかけら」という言葉が重なります。

タイトルを作者自身がどのような日本語として定義したのかは、今回確認した公開資料だけでは断定できません。ただ「piece」が示す小さなひとかけらと、歌の中で手のひらに集められていく希望は、とても自然につながって聞こえます。

ここで不思議なのは、最初から大きな希望を持とうとはしていないことです。

願いが叶わず、何かが崩れそうなときに、大きな夢をもう一度信じろと言われても難しいことがあります。そんなとき、まだ手のひらに残っている程度の小さなものなら、拾えるかもしれません。

「PIECE OF MY WISH」の希望を、手のひらに集められる小さなかけらとして表したスライド

今日できたこと。誰かがくれた言葉。泣いたあとに少し眠れたこと。昨日よりほんの少しだけ、自分を嫌わずにいられたこと。もちろん、これは歌詞に書かれた具体的な出来事ではありません。でも「かけら」という大きさには、そんなふうに完成していない希望を受け止められる余地があります。

そして、そのかけらは誰かが完成品にして渡してくれるものではありません。自分の手のひらへ集めていくものとして描かれています。

大きな喜びは、最初から大きな形で現れるとは限らないのでしょうね。小さすぎて希望とは呼べないようなものを捨てずに集めているうちに、あとから振り返れば、それが自分をここまで連れてきたものだったと気づくこともあります。

そう思うと「PIECE OF MY WISH」というタイトルには、不完全だからこその強さが残ります。願いはまだ完成していない。答えもまだ見つかっていない。それでも、何もないわけではないのです。

雨や炎を越えても、「強い人」にはなりきらない

後半では、雨や炎という、それまでより激しい言葉が現れます。ここだけを見れば、どんな困難にも負けない強さを手に入れる歌のようにも聞こえます。

でも歌われているのは、「私はもう強い」という宣言ではありません。そんな強さを持ち続けたい、という願いです。

この距離がとても大切なのだと思います。

一度立ち直ったから、もう二度と崩れないわけではない。答えを一つ見つけたから、これから先ずっと迷わないわけでもありません。実際、曲の終わり近くには、またいつかすべてが崩れそうになるかもしれないという未来が置かれています。

最初の夜を越えたあとにも、また別の夜が来るかもしれない。そのことを、この歌は知っています。

それでも、そのたび自分を信じ直せたらいい。強さとは、二度と揺れないことではなく、揺れたあとに何度でも自分のところへ帰ってくることなのかもしれません。

強さとは二度と揺れないことではなく、揺れたあとに自分のところへ帰ってこられることを表したスライド

だから最後に繰り返される「信じていて」は、最初より少し切実に聞こえます。そして最後には「信じていて欲しい」と、願うような響きへ近づいていく。

誰かに「こうしなさい」と命じることはできます。でも、その人が本当に自分を信じられるようになるかどうかまで、外から決めることはできません。そばにいる人にできるのは、ときにはただ「そうであってほしい」と願うことだけなのでしょう。

歌の中の声も、最後にはそこまでしか踏み込みません。あなたの人生の答えを奪わず、あなた自身へ返したまま、ただ信じていてほしいと願う。その距離の取り方が、とてもやさしいのです。

今井美樹『smile』初回限定盤A(CD+Blu-ray)

歌詞を読み終えたあとに、この曲を今井美樹さんのライブで聴き直してみたい方へ。2023年の「Our Songs!!」ライブ映像には「PIECE OF MY WISH」も収録されており、長い時間を経て歌われる一曲を映像とともに味わえます。

願いのかけらを手にしたまま、明日へ進む

最初にあった、泣き続けた夜をもう一度思い出すと、この曲の景色は少し違って見えてきます。

あの夜は、消さなければならない過去ではありませんでした。歩き出す力に変えていけるものとして、その人の中に残っています。誰かからもらった励ましの言葉も同じです。答えそのものにはならなくても、これから一人で答えを探すときに抱えていけるものになる。

そして希望も、まだ「かけら」のままです。

私はそこに、この曲の誠実さを感じます。すべての願いが叶うところまで歌わない。問題がきれいに解決した未来も見せない。曲が終わるときにも、人生はまだ途中です。

でも手のひらには、何かが残っている。

泣いた夜があり、誰かの言葉があり、自分で見つけなければならない答えがあり、それでも捨てなかった小さな希望があります。それだけを持って、また明日へ進んでいく。

弱った自分まで含めて信じ直し、小さな願いを持って次の朝へ歩き出す余韻を表したスライド

「PIECE OF MY WISH」が長く人を励ましてきたのは、強い人になる方法を教えてくれるからではないのかもしれません。弱った自分まで含めて信じ直すことなら、今日からでもできるかもしれない。そんな余地を残してくれるからなのでしょう。

次にこの曲を聴くときは、明るい朝だけでなく、その前にあった長い夜にも耳を傾けてみてください。そして「信じていて」という言葉が聞こえたとき、その先に成功や結果を思い浮かべるのではなく、今ここまで歩いてきた自分自身を置いてみる。

願いはまだ、ひとかけらでいいのかもしれませんね。

それをなくさず持っていることから、次の朝は始まっていくのでしょう。

もう一度、「PIECE OF MY WISH」を聴いてみる

ここまで物語をたどったあとで、もう一度この曲を聴いてみると、最初に聴いたときとは違う言葉や感情が見えてくるかもしれません。

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